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萩原悠 中学時代のまとめ

– これまでのあらすじ –

萩原悠が音楽をやりはじめた時期から順を追って書き記してきまして、
前回までで一応中学生のときに大まかな出来事を書き終わりました。

このページでは、中学生編のまとめと、わざわざ1ページ使って書くほどでもない小さなことを書いていきたいと思います。

▶︎小学生編まとめはコチラ

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萩原悠 中学生編まとめ


まずはブログに書いた各シーンをまとめます。

タイトルをクリックでそれぞれのページにジャンプできるようにしましたのでよかったら見てね!

Scene.8 ▶︎MDを手に入れたときの話


いまの若い人は知らないかもしれないですね、MDってのが当時どれだけ便利で、
僕の音楽生活にどれだけ大きな功績を残したか!


Scene.9 ▶︎エレキギターを買う日 – 埃まみれの出会い –


初めてのエレキギターは、地元のフリーマーケットで埃にまみれて売られていました。
理由はわからないけれど、初めてそれを見たときになにか感じたものがあったんでしょうね。


Scene.10 ▶︎初めて買ったエレキギター,Fernandesのストラトタイプ


そうして手に入れたギターはフェルナンデスのストラトタイプ。
まさか中にライターが入ってるなんて思わないだろ?ww


Scene.11 ▶︎月刊GIGSが僕に教えてくれたこと


僕の音楽の教科書、シンコーミュージックGIGS。
毎月買っては隅から隅まで読んで、エフェクターってなんだろう、レスポールってなんだろう、チョーキングってなんだろう、色んなことを教わりました。

Scene.12 ▶︎初めてのエフェクターを買う


月刊GIGSに載っててさ、どうしても欲しくなっちゃうよね!
でも僕の初めてのエフェクター、まさかのコーラスなんだぜww

Scene.13 ▶︎後から思えばそれは、”MIDI”というものだった


アップライトピアノに電源を入れて、電子ピアノ状態にすればヘッドフォンで練習が出来る。
いやでも待って、なんかピアノ以外の音も出る!
しかも多重録音が出来る!

そう、これがMusical Instrument Digital Interface、通称MIDIでした。

Scene.14 ▶︎ビジュアル系バンドを聴くようになる


時代が時代ってのもあるけどね、ビジュアル系バンドにハマることになります。
HIDEさんはいつまでも僕のレジェンドで、HIDEちゃんはいつまでも僕たちの友達。

Scene.15 ▶︎2本目のギター、フライングVを買う


ストラトタイプのギターをずっと弾いてましたが、GLAYのHISASHIさんの影響で、フライングVを買ってしまうんですね。
ハムバッカーピックアップ最高です!

Scene.16 ▶︎J-POPと鬼となる


テレビから流れる音楽も楽しいし、学校が終わってからは自転車でブックオフまで行って中古のCDを買い漁るようになったあのころ、まさにJ-POPに取り憑かれていたと思う。

Scene.17 ▶︎人生初ライブ!!


中学生にして地元の音楽祭的なもので初ライブを経験!
緊張しまくったけど楽しかったなぁ。
僕はあの日のライブを越えなければいけないと今でも思う。


Scene.18 ▶︎メタルマスターになる


重いサウンド、速いビート、めちゃめちゃカッコイイ!
という時期がきまして、色んなメタルバンドを聴き込みました。

Scene.19 ▶︎カセットMTRを手に入れ宅録生活に没頭


いわゆる多重録音てやつですよね、MIDIでやってはいたんだけれど、MTRを手に入れたともなるとギターも録音出来るからね!これは楽しいね!

ミックスのノウハウというには拙すぎるけれど、ここで独学で学んでいき、
そして録音した自分のギターを聴いて絶望も経験しましたwww


それ以外のことを細々と


次に、専用にページを立ち上げるほどではなかったけれどちょっと書いておこうかなと思ったことをここにまとめます。

一応バスケ部だった


一応ね、3年間バスケ部ってのに所属してました。
小学生の頃にバスケット流行ったし、サッカーとか野球とかよりもはるかに好きだったから。

でももうこの頃から音楽大好きすぎて、部活中も試合中も音楽のこと考えてたんですよね。
だからあんまりバスケットに一生懸命になれなくて。

みんな部活のない日まで自主練していたけれど、僕はMD聴きたいしMIDIで遊びたいしギターを録音したい。

スタメンになりたいとか活躍したいとかの欲もなかったんだよなぁ、だからこそ一生懸命やってるみんなとか、試合を見に来てくれる親とかには申し訳なかったなぁ。

そういえば、バスケといえば、完全に余談だし小学生のときの話だけれど、
小学校内のイベントで先生たちも混ざってバスケをしたことがあったんだけど、
どんなおっさんの先生も運動できない女の先生も参加してたのに音楽の先生のおっさんだけは頑なに参加しなくて、

「いやわたしは指を怪我したくないから」

とか言って空気読めないなぁ〜って思ってたけど、
今思うと本当にそうだなぁと思う。
音楽家だったら指の骨折とか絶対にしたくないな。
それはそれでプロの選択だよ。

なにも知らずに生意気な目で見てごめんなさい。

という余談でした。

もちろん中学生だった僕がバスケに熱が入らなかったのは全然そんな理由じゃないっすw

こんなんだったらスッパリ退部しちゃった方がよかったんだろうけれど、そんな勇気もなく……いや、うちの中学校はなにかしら部活入ってないといけなかったんだっけか?


校則は厳しかった


そういえばそうだ、うちの中学校は都内でも有名だった、校則が厳しい!!

私立じゃなくて公立なのにね!!

例えば髪の長さとか。
男子は前髪が眉にかかってはいけない、横は耳にかかってはいけない、襟足が見えてないといけない。

そうなったら坊主か、長くてスポーツ刈りってやつなんだよね。

女子もなんか規定があったと思うけど僕は女子じゃないからわからん!

あとは、制服の着方だとか、チャリ通するのも学校が定めた範囲の人しかダメだったし、ヘルメットも必ず着用、あごひもを止めてないだけで数週間のチャリ禁止、
徒歩男子は昔ながらの学生帽、
爪は深爪クラスで短くないと怒られる、毎月全校生徒を対象に点検がある、
自分の所属しているクラス以外の教室に立ち入ってはいけない、
などなど、なんかもっと色々あったと思うんだけど、さすがにもう忘れたよ。

たまに廊下にガムのゴミが1つ落ちてたりすると学年中の生徒が体育館に集められてお説教なんてこともあったな。

もう伝統だとか言ってたけど、ちょっとわからなかった。
先生によっては点検の時期以外は苦笑いして見逃してたし、でも「あの先生が許してくれたよ!」って言われるのは怖かっただろうなぁ。公務員さんも大変です。

でもまぁ今思えば、これくらい厳しい時期があってもよかったと思ってます。
高校に進学してからカルチャーショックを受けたけどまぁいいっしょw

ZONEのライブを観に渋谷AXへ





ZONEと言えばSecret base 〜君がくれたもの〜の一発屋みたいな扱いをされているバンドル(バンド+アイドル)のことですが、僕は1stシングルと2ndシングルの突き抜けた明るさが大好きで、割とガチファンっぽくなりました。

だって、上に貼った2ndシングルの弾いてない感wwww
そしてバンドっぽくないこのフォーメーション。
なんか楽しくない?

ちょっと時代早すぎたのかなぁ、めっちゃかっこいいと思うのに。

ちなみに、1stシングルはこっち↓。フライングVを振り回す中学生アイドルかっこいい。



この頃ZONEのラジオみたいのをやってて、そこでガールズロック系のライブイベントのチケットを抽選で8名だったかな、プレゼントとかだったんだけど、
ハガキ出したら当たっちゃってさwww

今はなき伝説のライブハウス渋谷AXに行ってきましたよ!

2001年8月9日、
それは後に大ヒットすることになるsecret base ~君がくれたもの~の発売日の翌日で、
ZONEのことなんてほとんどみんな知らず大多数のお客さんがトリのWhiteberryを観に来てました。

この日、初めてライブハウスという場所に行って、テレビに出てる人と目が会うということに不思議な興奮を覚えました。

テレビの中の人って、現実にいるんですね!

いじめられてたwww


これ書くか迷ったんですが、僕は中学校でいじめられてましたwww

もともと生意気な奴ではあったけど、ちょっときっかけがありまして。

一年生のときに僕らのクラスに女の子の転校生が来て、その子こそ結構変わった子で早々にいじめられてたんですね。

でも僕はクラスのそういう情勢にも興味はなかったし、ちょっとかわいそうだなと思ったりもあって普通に接してたり、家が近かったので行き帰りに会ったりしてたんだけど、
そしたらもれなく僕もいじめられるようになりましたねwww

しばらくその女の子とは仲良かったんだけど、そこから何ヶ月かしたらその子はいじめる側のグループに入ってまして、僕だけがいじめられ続けるという面白出来事。

陰口とか上履きがないとか教科書に落書きされてるとかそういう陰湿なやつが主で、
直接なんかしてくるってことは少なかったけど、まぁちょっと辛かったな。

幼稚園のときからの友達が他のクラスにいたんだけど、そいつは知ってか知らずか割とずっと仲良くしてて、
でもその子までいじめられたら嫌だなと思ってその子に冷たくあたってしまったこととか、その後に何度も謝るタイミングはあったのだけれど謝らず。

中学生のときの、学校でのことは正直あんまり覚えてません。
あまり思い出したくもないし。
でも大丈夫です、僕には音楽があるから。
これ逆説的な話だけど、音楽がなかったら死んでたんじゃね?ww

なんて、死ぬ勇気もないっすʅ(‾◡◝ ა)ʃ

そーいえば、そんなわけで学校に行けなくなった時期があって、
テストだけ受けに行って英語で学年トップを取ってしまったときとかもまた非難の対象になったっけなぁ。
小学生のからちょっと英語勉強してたおかげです。さーせんw

学校にカメラ持ってって怒られた話




これ、ちょっと違うんだけど、面白情けない話だから書いておこうかな。

教室のベランダの端っこにホンのちょっとした土溜りがあって、そこからなんか雑草みたいの生えてて、こいつの存在がGLAYの”a Boy〜ずっと忘れない〜”って曲とか尾崎豊さんの”忘れな草”って曲とかの歌詞に似てるなと思ってなんか好きで割と何日か見てたの。

でもうちの学校ベランダ出るの禁止だったからさ、教室から眺めるだけね。

いつだったか、移動教室だか修学旅行だったかのちょっとあとだったのかな、うっかりカバンの中にインスタントカメラ入れっぱなしで。

そんな日の放課後、誰も教室にいなかったからチャーンスと思って教室からその”大したことない雑草”の写真を撮ったの。

しめしめ、現像が楽しみだぜ。
そう思ってそのあと部活してたら担任の先生に呼び出されて注意されました。

なんて言われたかって?

「女子が練習してる体育館の写真撮ってたって報告があったよ。」

……は?

たしかに僕の教室のベランダから斜め下に見下ろすと体育館で、上の窓の位置になります。

が、実際そんなに見えるもんなの?

いや、たしかに体育館でなんかやってるなと思って、その人たちにバレるのも嫌だなとは思ったけど、だからってなにそれorz

当然僕の性格的に反論も出来ず、むしろ校則ではカメラを持ってくることだけでNGなので反論する資格もないのだけれど、これ以降はますます周りの人(特に女子な)と話しづらくなったな……

ね?面白い話でしょ?ww

(そういえばこの移動教室だか修学旅行だかの写真を見た家族が、「アンタほとんど写ってないじゃないの。」って言ったっけ。ごめんね、友達と撮ったりってのが全然なかったからほとんどが風景とかの写真だったね。)


塾に通う


中学2年の途中からだったか、進学塾的なのに通ってまして。
学校とは反対側にちょっと行ったところの教室を選んだので同じ学校の人は少なくて。
その上クラス分けの末に僕のクラスには誰一人同じ学校の人はいないという奇跡!!

このクラスがホントにバカばっかりでさwww

いや、一応学力的には一番上のクラスだったんだけど、頭のおかしい愉快な仲間たちで。
一番頭おかしかったのは先生で、口は悪いし目つきは悪いしで、とても講師だとは思えないヤクザっぽい奴

保護者からの印象も当然悪かったけれど、僕らはみんなその人を信じて勉強してたというか、
勉強以外のことも色々教わった気がする。

僕なんかは特に今講師をやっているわけで、とても影響を受けています。

教え方というか生徒との寄り添い方というか、
年の離れた若いもんにときにバカにされながらも絶対的に信頼されてってスタンス、
めちゃくちゃカッコイイと思う。

おかげさまでその先生に見てもらったクラスの僕らはそこそこいい高校に進学することになります。

そしてこのクラスにいたやつらとは進学以降もお互いの人生にそこそこ干渉し合っていて、
中でもホンの数人だけどあれから15年以上経った今でもこいつは本当に友達だなぁと思って未だに連絡する奴がいます。

あいつらが頑張ってるの知ってるから、俺も負けられないなぁと思うんだ。

(ちなみに彼らが僕の最古の友人です。これより前の人とはFacebookでとりあえず登録した薄い繋がりのみ。)

他校の友達


そんな塾での仲間や、
一緒にバンドをやってた奴らとか(人生初ライブ!!)、
小学生の頃にスポーツクラブに入っていたことや(小学生編まとめ)、
高校に入ってからは別の学校の学区内でバイトを始めたことなどから、
実は市内に11校ある全ての中学校に知り合いがいました。

後に成人式などで市内の同学年が一同に会したわけだけど、
僕は他の学校の人と話してる方が楽しかったですねw

これは性格悪いやつの特徴だという持論があるんだけど、
あまり近い存在の人とは仲良くならないっていうのの典型ですねw

ちょっと離れてるくらいがちょうどいいというか、傷つけることもなければクズを露呈してしまってがっかりされることもないので。

なので、このとき今の萩原悠の特徴である
“友達は少ないけど知り合いは多い”
は始まってたんだなと思います。


映画バトルロワイヤルに震える



これねぇ、レンタルCD屋さんで借りてきたんだけど、
(あ、つまりは正確にはここはレンタルビデオ屋さんだったのか)

当時大ヒットというか、めちゃめちゃ話題になった映画ですね。

殺し合いをする中学生たちのお話なんだけど、もう本当に衝撃を受けちゃって。
夜中にひとりで気持ち悪くなっちゃってさ。

数日は頭から離れなくなって。

でもなんだろう、不思議なことに、嫌悪感でもワクワク感でもなく、すごくエネルギーみたいのが湧いてきて。

ゆくゆくは小説版も買って(これが原作。そしてこれはブックオフで中古購入w)、なんども読み返すことになります。

多分”原作は小説、そしてそれを映画化”的なメディアミックスに触れたのはこれが始めてで、映画と小説(ゆくゆくは漫画版も読みます)の違いを楽しんだのも始めてです。

映像があるからこそのわかりやすさ、音というものの偉大さ、
文字だけだから想像する闇、文字にしてくれるからこそのわかる心情、
絵でしか描けないグロさ、スローモーションで描かれる視線の動きや筋肉のこわばり、


BGMのすごさ、情景を想像する面白さ、飛び出て描かれる内臓のグロさ、
それぞれの楽しみ方を知って、
これは後にバンドをやるとき、Webで音楽を公開するとき、それぞれの楽しみ方とか魅せ方とかを考えるための下地になったと思います。

バトルロワイヤルで死んでいった同級生たちに感謝ですw

ちなみにこの映画、大ヒットしたためバトルロワイヤル2という映画も出てそのまた続編も作られていましたが、
社会現象になりすぎたのか、
とある未成年犯罪の犯人がバトルロワイヤルの影響だとかそういう風にメディアが仕立て上げてしまったため、バトルロワイヤル3(仮称)の話は頓挫することになりました。

映画見てない人は是非見てみて!(R-15指定)

当時あまり(〜全然)売れてなかった
藤原竜也さん(多分始めての殺し合い映画出演)
前田亜季さん(なんかミステリーとか探偵系にちょくちょく出てたイメージ)
柴咲コウさん(好き。)
山本太郎さん(参議院議員)
忍成修吾さん(イケメン)
栗山千明さん(この映画をタランティーノが見て”キルビル”のオファーをする)
塚本高史さん(木更津キャッツアイ)
酒井彩名さん(ラルクTETSUYAさんの嫁)
末永遥さん(「おめーの席ねーから!」)
加藤夏希さん(なんの方だっけ……)

とかが生き残りをかけて殺し合います。
圧巻。

小説を読み始める


小説で思い出したんだけど、2年生の頃だったかな。
なんか僕を気にかけてくれた担任の先生が本を貸してくれました。

それが宮部みゆきさんの小説



最初は”龍は眠る”だったか、”火車”だったか忘れたけれど。

読んでみたらめちゃめちゃ面白くて、小説というものにハマるきっかけになります。

すごく面白かったと担任に伝えたら、なんかいろいろ貸してくれて、
“レベル7”とか”理由”とか、割と何冊も読むことが出来ました。

でもテストの3日前くらいに、
「テストが終わったら読み始めなさい」
と言って貸してくれた本を一晩で返したときだけは怒られたなw

まとめ


ここまでが、萩原悠のプロフィール中学生編でした。

学校があまり楽しくなかったので、
この時期から僕は人と目を合わせるのが苦手になり人に見られるのとかすごく嫌になり、今でも全然治っていませんが、

音楽をやる人としてはとても大事な時期を過ごしたなと思っていて

エレキギターを買って、
MIDIをいじり始めて、
バンドを組んで、
ライブして、
レコーディングごっこもして、
そしていっぱい音楽聴いて……

まさに音楽漬けな中学生時代、今の僕を形成してくれた大事な時期でした。

さてさて次からは高校生編になります。

バンドを本気でやったり、アルバイトを始めたり、
行動範囲もグッと広くなって、色んな成長と挫折とが目白押しの3年間になります。

今でも使ってるギターのTalbo(▶︎コチラで紹介してます)やRAVELLE(▶︎コチラで紹介してます)の登場もこの時期になります。

お楽しみに!

▶︎小学生編はコチラです





 

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