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萩原悠 高校生になる

萩原悠の自己紹介、これまでのあらすじを細かめに買いているプロフィールペーじですが、

今回から萩原悠の高校生編になります!

小学生編のまとめは→コチラ、

中学生編のまとめはコチラ

よかったら読んでね!


このページは、萩原悠 高校生になるです!


高校選びの決め手は駅から近かったから。あと名前。


Showa
進学塾に通ってたこともあり、高校はそこそこのとこにいきました。

当時東京都内には学区ってものがあって、

この辺に住んでる人はこの中から学力に合った学校を選ぶ

ってのが決まってたんですよね。

で、今では見る影もないですが当時まぁまぁ頭の良かったわたしは(→小学生編まとめを参照)、

学区内のトップの高校に行くのかその次の高校に行くのかみたいな感じでしたが、

本人にその気は全くなく、見学に一度も行ったことない高校に願書を出しに行きました。

理由は、駅から近いから。

乗り換えもなく駅から徒歩5分。

あと、名前がシンプルでかっこいい。

都立昭和高校ってとこでした。

ひとつ上のランクの北多摩高校に行ってた方すみません、なんかそこ名前寒そうじゃない?ww

ちなみに自分では全く覚えてないけれど、1番上のランクの立川高校に行きたくない理由を僕は母にこう言ったそうです。

「クラスで1番勉強が出来る人しかいない学校って、なんかつまらなそうだから行きたくない。」


だってよwww

生意気wwww

恥ずかしいwwwwww

中学との風紀の違いに驚く


僕が通ってた中学校ってかなり厳しいことで有名で(→中学生編を参照)、

廊下を走ってたりすると職員室に呼び出されるレベルだったんですね。

髪の長さにも規定があって、

男子は眉や耳にかかってると怒られるし、

女子はたしか肩につくようだったら黒か紺一色のゴムでしばらなきゃいけない的なのだった気がする。

そんなとこに比べて高校ってなんて自由なんだ……

あ、この高校は割と学区内でも自由な方だったみたいですけどww

ただ、偏差値とかはよくわからないけど、

それなりに勉強してないと入れないような学校だったので(全教科80点平均くらいだっけ)、

本当にしょうもない人たちはいなかった気がする。


私服


制服がなかったんですよ。

一応“基準服”ってのがあって、

制服とするならこれですが、別にこれ着て来なくてもいいです的な、そんな感じでした。

自由だな〜www

で、わたしは基準服も買わなかったので、毎日私服です。

「私服は面倒だ、毎日考えなければいけないから。」

そんなことを言う人もいましたが僕は……

あまり考えてなかったwww

いやでも、今よりは考えてたかもしれないけれど、

あまりおしゃれしたいみたいのもなかったかな……

いや待て……あ〜……でも……中二病(当時そんな言葉はない)みたいな黒さだった気がするな。

思い出したくないから次の項目へ。

あ、そういえば、入学してすぐの全体説明会のときにGLAYのグッズTシャツ着てたら誰かに

「ああああそれGLAYでしょ!キャラメルボックスのでしょ!!!」

って遠くから叫ばれたのを思い出しました。

高校って面白いなと、そのときに思いました。

だってうちの中学でそんな大声出してたら職員室呼び出されてたからね……。

まさかそれを叫んで来たやつと2年後に部活でサポートしたり、

3年後に同じMV撮影の現場に応募したり、

5年後に舞台音楽の作曲を頼まれたりするとはこのときはもちろん思いもよらないお話。

本当は専門学校に行きたかった


実は、中学3年生あたりでもう自分には音楽しかないと思ってたので、

購読してた月刊GIGS(→Scene11:月刊GIGSが僕に教えてくれたこと)により、専門学校ってのがあることを知り、

本当はそこに行きたかったんです。

もう普通の勉強なんてしてる場合じゃない、ギターを弾きたいんだ!

これについては、母に訴えましたが、余裕で却下されましたorz

まずは一旦、最低限高校は出ておけと。


今ではよかったと思っている


当時はかなり渋々な引き下がりになりましたが、

これには本当に感謝しています。

ぶっちゃけ高校三年間なんて全然勉強しなかったけれど、

高校生だったから出来たこともたくさんあって、

昭和高校に行ったから知り合った人もたくさんいて、

その全てが今の僕を作ってくれていて、

本当に良かったなぁと思っています。

ギターを弾くこと、音楽をやっていくことに対して、

必要なのは音楽だけをやり続けることじゃないなと今でははっきりとわかります。

もしこの先(300年くらい先だろうけど)僕に子供が出来て、

「高校なんて行かないで自分はやりたいことをやるんだ!」

って言い出したときに、

話は聞いてやりたいけれど是非高校には行ってほしいなぁ。

そんでその子が30歳くらいになって感謝されてそのあと僕は病院のベッドで息絶えたいwww


ってことで、今回は“萩原悠 高校生になる”編でした。

次のページは“バイト戦士”です!












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